昭和の時代のキャリアウーマンの話を聞いてみたら

ライフ・キャリア

昭和と言えば、若い人には遠い昔のように感じるでしょうが、私のような初老の人間にはつい先日のようにも感じます。けれども、私の年代では、まさに昭和という時代にはまだ働いていたとは言えません。そんな中、知人の女性から男女雇用機会均等法以前の子育て事情をうかがう機会がありました。

その女性は当時27才で、年上の男性と結婚しました。現在は初老となったその人が現在もパートナーです。ご主人は結婚に際してこう言いました。 結婚して潰れる才能だったら、もともと才能ではない、と。

今から思えばずいぶん傲慢なことを言うご主人に見えますが、当時はそうとうにリベラルであったはずです。知人女性はその言葉に挑戦し、結婚生活の中でも自分の勉強を つづけました。子どもも3人も生まれました。とうぜん、子どもたち病気をしたり、ケガをしたり、姑との生活にも苦労して、全く仕事をつづけるために、睡眠時間をギリギリまで減らして日々だったそうです。

あまりの忙しさに新聞もまともに読めない日々がつづいて、結婚したことを後悔したこともあったそうです。けれども、したのは自分だと言い聞かせました。自分の責任を逃れることは恥ずかしいと思い、生まれ出た3人のお子さん対する重い責任もありました。(子育てする人は偉大です)

以来、半世紀以上の月が流れて、悪戦苦闘の日々は終わりましたが、人間のありがたさは、どんなに疲れても、いつか快復して、どんなに鬱々とした夜を過ごしても、夜が明けると希望の力が全身に湧くことがあったそうです。3人の子どもを育てて、その成長を見まもって、それぞれが結婚しました。

子どもたちが困難に出会ったとき、親として出来るだけの力をそそいで、ほんの少しでも子どもにとって、親がいてよかったと思うようにと精魂こめて努力しようとするとき、苦しみを、困難を生き きるのが喜びだと知らされたそうです。

私に真似はとても無理です。だからこそ、なぜ少子化になったのか考える必要があると思いました。

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