30年間勝機を逃してきた人たちの顛末。 日本人の勝算?

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日本人の勝算?
政府の成長戦略会議の議員に起用されいろいろ言われているデービッド・アトキンソンさんは、日本の生産性の低さを鋭く指摘した方です。日本人の勝算では、具体的な処方箋を提示してくれていました。

人口減少を直視せよ
日本の「デフレ・リスク」は最強だといいます。もちろん、その最大の要因は人口減少ですが、政治的なデフレ圧力も見逃せません。主な収入源が給料である若者はインフレを好む傾向がありますが、高齢者は資産を持っていますが収入は少ないのでデフレを好む傾向があります。高齢者が増えれば、インフレを進める政策は嫌がられてしまいます。また、企業規模が小さいことによって起きている過当競争により引き起こされるデフレも見逃せません。それを脱却するために用いられるマネタリズム政策は世界的に効果が薄れてきているそうです。

日本人は「優秀」だが生産性は著しく低い
日本は人材評価で世界第4位と非常に高くランクされています。けれども、労働生産性は28位と著しく低く評価されています。これは、スペインやイタリアと同程度です。著者によるとこれは極めて小さい企業で働いている人が多いために起こっていると分析しています。企業規模が大きくなればいろいろな面で効率化や投資もできますし、なにより小さい会社が乱立していては経営者の実力も低くなってしまうでしょう。

そのための処方箋として

・「高付加価値・高所得経済」への転換
・海外市場を目指す
・企業規模を拡大する
・最低賃金を引き上げる
・人材育成トレーニングを「強制」する

といった施策をあげています。その結果、生産性が高まります。
この中でとくに、経営者のレベルが低いという指摘と、最低賃金を引き上げるという指摘は、傾聴に値すると思います。中小企業を大企業にする、最低賃金を上げるという施策は、議論になるところですが、日本のように「中抜きしてなんぼ」の経営では効果がかなりありそうな気がします。

これらの施策はどれもシンプルで難しいものではなさそうです。けれども、実際にこれらを実行に移せる政治力のある人はいるのでしょうか。そこが最大のボトルネックな気がします。

失われた30年の顛末
城繫幸さんは「バブルの時代が再来することは絶対にないけどみんなそのころを基準にしてるよね」とおっしゃっていた。

90年にバブルが崩壊して、その後、失われた10年と言われました。たしかにバブルの処理は失敗して、その後遺症は甚大なものとなり、就職氷河期世代などを生みました(氷河期世代の多くが統計上で正社員になったということで、氷河期世代は解決したという話がありますが、それはいくらなんでもと思います)。けれども、その後その期間は20年となって、さいきんでは30年と言われるようになりました。

高度経済成長は必然的なたまたま
日本のいわゆる高度経済成長期は、1954年から1973年までです。つまり19年間になります。日本はそのしばらくあとに30年も失われたのでしょうか。むしろ高度経済成長期がたまたまのまぐれ当たりで、その後が実態に合った成長ではなかったとも見えるのではないでしょうか。高度経済成長は復興の過程で当然だったという話もあります、先進国まで押し上げるからにはなんらかの努力とタイミングがあったと思います。けれども、それはたまたま起きたラッキーなできごとを、わたしたちは日本経済の真の実力として勘違いし、現状から目を背けつづけてきたのではないでしょうか。

高度経済成長期には、現在とちがい個性的な経営者も多く生みました。松下幸之助さんや盛田昭夫さんなどがその代表です。これも戦後の日本的な秩序がいったん壊れたことによってたまたま実力のある人が浮かび上がっただけではないでしょうか。

たとえば、ソニーは出井伸之さんのときに沈んだといわれ、さいきんようやく部品メーカーとして復活したけどちょっとさみしいよねという話があります。これも、実は初期のソニーがまさに例外的な存在で、出井さん以後のそれでも安定しているソニーが日本企業としてのほんらいの姿なのかもしれません。

そして内向きになる私たち
現在も、いわゆる「タテ社会」「タコツボ社会」がふたたび強固になって、新参者は排除されています。多くの企業はあいかわらずゼネコン方式(重曹下請け構造)で儲けたり、派遣社員を使って人件費を抑えたりと、利益確保に余念がありません。これでは労働者の生産性を著しく低下させてしまい、その結果が将来不安による未婚化・少子化でしょう。

昨今でこそ、日本的経営ももう限界ということで、終身雇用や年功序列というものも壊れかけてきています。それでもメンタリティの根底では、この「タテ社会」「タコツボ社会」の考え方は生きていると思います。

平常運転の30年だった?
こう考えると、失われた30年はむしろ日本人の実力相応で、しかたのないことだったのとも思えてきます。それを高度経済成長という幻を追い続けているのは、もしかしたらないものねだりなのかもしれません。

たしかに、人道的な面からも経済成長は必要です。脱成長を励行しておきながら、昼はうなぎ、夜はフレンチを食べながら清貧を説く大学教授も世の中にはいますが、そういう意味での脱成長ではなく、日本経済に成長する実力がないのならば、政策がどうなろうとも、個々人としては成長しない前提で生きていくしかないと思います。日本を出ていくという選択肢もふくめて。

逆説的ですが、日本の実力を冷静にみられる若い世代が社会の主流になって、はじめて日本経済はすこしだけ勝算をつかめるのかもしれませんね。

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