大学の高すぎる学費を考える⑤

ライフ・キャリア

試験の好きな人間で、自分の実力を試す機会があれば進んで受けたいような人がいます。

何もいい成績ばかりを望んでのことではありません。自分の現在の実力を全体 の中でとらえるというのが好きで、終わりから二番目というのでもよいそうです。

たしかに、大学入試に落ちたら、その大学とは縁がないと思えばいいのではないでしょうか。けして受験戦争をあおるつもりはないけれど、子どもに進学する意志があって、親御さんもそれ を認めるなら、その年齢並みに最善を尽くし、落ちたら落ちたで別の学校を選び、その大学の中で、若者らしい好奇心に満ちた、向上意欲あふれる生活をしたらよいと思います。

学歴社会などは、次の時代をつくる者によってこそ打破されなければならないし、過去には実際に小学校、中学校だけで立派な仕事をやりとげた人たちはいくらでもいます。人々は、その研究心その向上心に深い尊敬を抱いています。

いつかもテレビを見ていたら、これが大学生かと思うような学生ばかりになってしまいます。髪を整えるのに時間をとられて、顔や目はバッチリメイクして。いったい親御さん、どういうつもりで大学へ行かせているのでしょうか。

ゲーム代やメイク代は、自分の小遣いで買います、 女の子などはパパ活してでもと返事するかも知れませんが、戦後の自由放任の教育はここに極まれりの感じを受けます。子どもたちの好きなようにさせるということは、子たちを動物の状態に放置することではありません。動物と人間の違いは、秩序を守るか守らないかです。いやいや、動物で もそれぞれの社会の秩序は守っています。

大学まで行って遊びほうけている学生は、あるべき姿 ではありません。服装で真面目、不真面目を判断する気はないけれど、服装の乱れは非行のサインでもあります。少しうちの子どもはおかしくなったと感じたら、親御さんほうから気遣ってほしいと思います。

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